おれは地下に長くいた。
地下はひどく荒っぽい場所だ。客は調教権をとらずに遊べる。試乗もできるし、気に入れば一日レンタルもできる。
費用は正規の調教権をとるよりもずっと安い。客の扱いも自然と粗くなった。
犬の怪我は日常茶飯事。発狂するやつも少なくない。
いい犬はこんなところには来ない。来るのはランクの低いクズ犬ばかりだ。
おれはここのペットショップで客を待っていた。
エキゾチックな東洋人を抱きたがる客はいたが、おれが足をひきずるのを見ると、飼うのは遠慮した。誰だって連れて歩くのは、見栄えのいいほうがいい。
おれはいつも望みをかけ、そのたびに落胆してきた。何度もヤケになりそうになった。アクトーレスのジョニーになだめられ、すかされ、気の狂いそうな日々を騙し騙し生きてきたのだ。
だから、今度の主人はしくじれない。あそこには絶対に戻りたくなかった。
「ご主人様」
中庭で主人の骨っぽい指になでられ、おれは鼻にかかった声を出して、甘えた。犬がそうするようにあおむけになり、もっと下のほうを撫でてくれと腹をさらす。
主人がまぶしそうに目を細める。彼の手が腹をつたうと、おれは魔法でもかかったように甘えた声をあげてみせた。
「ふ……ご主人様……もっと――アア、ん」
「これ、外だよ」
そういいつつも、その目はまんざらではない。「さ、きちんとおすわりしなさい」
おれは言いつけにしたがい、身をおこし、彼の指をちゅうちゅう吸った。
「わかった。わかった」
主人は相好をくずした。「部屋へ行こう」
主人はいつものようにおれのセルでおれを抱いた。
あいかわらずのふにゃちんだ。尻の中をしなびたナマコが出入りするようだ。
おれはイけなかったが、満足したふりをして、主人の股間を湯で拭いた。
湯拭きしてやったり、マッサージしてやったり、主人はこうした東洋的な気づかいをよろこぶ。
きれいに拭い終えた後、ついイタズラ心を起こしてペニスを舐めた。
「これ」
主人が笑う。おれは調子に乗ってさらに舌をつかった。彼の腰にすがりつき、世界で一番おいしいアイスキャンデーのように丁寧に舐め上げた。
「わかった。わかった」
主人はおれの頭をはがして、笑った。
「そんなに吸い取るんじゃないよ。年なんだからな。おまえ、なんか欲しいのか。クリスマス・プレゼントに何か買ってやろう」
「ほんとに?」
おれは一瞬、「おれを買い取ってくれ」と言いそうになった。
だが、それはこの主人には高すぎる買い物だ。
「じゃあ、スシ! うまい寿司をハラいっぱい食べたいです」
「もう少し高いものでもかまわんよ。ジュエリーはどうだ」
「おれ、わからないもの。クリスマスのディナーにマグロの大トロ食べさせてください。舌のうえでじゅわっととろけるようなやつ。ね」
主人はおれのつましい願いをよろこんだ。
「わかった。ドムス・アウレアに日本人シェフのいる日本料理屋がある。予約しておいてやろう」
主人のプレゼントはそれだけではなかった。
彼は真珠のつらなったセクシーな衣装を送ってくれた。
箱から出した時には、なにがなにやらわからなかった。真珠の首輪と真珠の小さなブラジャーと帯、さらに真珠のふんどしがつながったようなものだ。
だが、本物の真珠だった。四千万セスはするという。
「あのケチが」
おれが思わず口走ると、アクトーレスのジョニーは大笑いした。
「着てみろよ。お嬢ちゃん」
彼の手をかり、複雑な衣装に手を通す。ブラジャーは乳首を、ふんどしから出た真珠の塊は肛門を刺激するようになっている。
「あはは、這うとケツに当たる。こっちの余っているのはなんだ」
「これ、あれだ。ペニスにからめるんだよ」
「やんなっちまうなあ、もう」
おれたちは卑猥な衣装にゲラゲラ笑い、子どものようにはしゃいだ。
衣装の下にはカードが入っていた。
――ヒロ。メリー・クリスマス。この衣装はちと高かったが、おまえのきれいな肌に似合うと思う。
「よかったな。ヒロ」
ジョニーはおれの担当が長い。本心から喜んでくれていた。おれはギャハギャハ笑っていたが、泣きそうだった。大事にしてくれる保護者がいるとはなんと幸せなことか。
主人を大事にしないやつは馬鹿だ。あたえられた境遇に不平ばかり言っているやつは馬鹿だ。
マキシムは馬鹿犬だった。その日、彼はセルから逃げた。
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